黒木ちひろ

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#8月31日の夜に

夏休み明けの9月は、10代の自殺が最も多いのだそう。
私は16の頃にもう学校を辞めると決めて、
夏休みも夏休み明けもなくなって久しい。


こんばんは。生きていますか。


私は、いじめられて、いませんでした。

それなのに中学も高校もまともに行っていない理由を話すとすれば、
私は多分、人一倍完璧主義で、
人一倍他人の顔色や空気を気にしてしまう性格で、
学校という環境、集団生活がどうしても合わなかっただけ。


たったそれだけの事が自分にとってはとても深刻な問題になり、
うまくできない自分を心底憎み、
日々、殺したいと思っていました。

私をいじめていたのは、私でした。



ある日の数学の授業中、
40の机が並んで人間が黙って同じ方向を見ていて、
澱んだ空気に気持ちが悪くて叫び出しそうで、
机の陰で、左腕をシャーペンでけずってその場を凌ぎました。

それからしばらくは、音楽プレーヤーとカッターナイフを
ポケットに忍ばせて過ごしていました。

あの、人間が蠢く箱の中で、
仮面と建前と抑圧で埋め尽くされた世界で、
ただ平静でいるだけでも大変でした。


うつ病と診断されました。

勉強も部活も頑張って人には優しく笑顔でそして浮かないように。
自分が実はずれていたり変なことをしたと分かった瞬間は
もう恥ずかしさで死にそうになりました。
どんな小さな間違いも起こさず笑われずに生きていたかった。


夜眠れず朝は起き上がれず、欠席日数がどんどん増えて。
学校に行けないことに泣きました。
授業に遅れて成績が落ちることも、
自分がこうしてベッドにいる間に友人は充実した学校生活を送っていることも。
虚しくて苦しくて耐え難く、
自分が価値のない人間であると泣きました。


「無理しないでいい」
と周りに言われる度、内心で、
「じゃあ私の人生、責任取ってくれんのかよ」
と思っていました。

学校さえ行けない自分は、会社も行けるわけがない、
社会不適合者だ、人生詰んだ、お先真っ暗、
いつ死のう今死のうかと、何度も思いました。


それも分かる。今も分かるんだけれど。


でも今の私が声を掛けるとしてもやっぱり
「無理しないでいい」と、言うのでしょう。


ずっと頑張らなくていいって意味ではなくて、
頑張る方向が間違っているのかも。
それに気付くために、一度、視野を広げる心の余裕を作りなさい、と。


高二の文化祭でバンドをやったら学校を辞める、とようやく決意して、
それも涙ながらの決別ではあったけれど、
その後から私はぐんと調子が良くなりました。

週2日4時間くらいとか、リハビリのレベルからバイトを始め、
家では自作の詞や曲を載せるHPを作ったりしていました。

そこから縁が繋がって、ライブも始めました。
うつの薬がいらなくなりました。
バイトを増やしても大丈夫になりました。
振り返れば不慣れな社会に苦しいことも多かったけれど、
学校にいた頃の自分から見れば夢のように、
活発に生きることができていました。


20歳になる前に、通信制高校に通おうと思い立ちました。

週一の通学、16歳から年配の方まで様々な生徒の中。
付き合いがあまりない代わりにしがらみもなく、
普段の生活の傍らで難なく高卒を取りました。

あれだけ行けないと絶望していた学校も、
卒業資格だけなら簡単な話でした。


先述の
「学校さえ行けない自分は、会社も行けるわけがない」
の部分は正直当たっていて、
今でも毎朝決まった時間に同じ場所へ行く生活、
集団でカチカチと決まった動きをする生活はできません。

でも社会に関わっているし、人生は詰んでいないし、
まだ夢も見るつもり。


苦手なものは避けて、人と同じにできないことはやめて、
自分ができることを選べばいいのです。


避けながら生きることを、生きていれば、選べます。
自分ができることをしていれば、一人ぼっちになんてなりません。



私もまだうまく生きられない日々も多く、今も修行中。
何が自分の調子を悪くするのか。
どうすれば高パフォーマンスを発揮できるのか。
毎日観察と毎月調整。
そろそろ、「調子の悪さ」を冷静に見る図太さは身に付いた。


「頑張る」ために、まずは自分に優しさを。





読んでくださりありがとう。

“種”
という
10代の私に宛てた歌があります。

歌詞→http://chihiro-kuroki.jp/blog-entry-656.html





2018.9.9 追記

あくまで経験談の一つであって
これが全て正しいなんて思っちゃいません。
私だって、昔は優しい言葉も否定ばかりしました。
反論したっていいのよ、

ただし、当人がね。


結局、許すも許さないも、
自分の道をどうするも、
最後は自分。
「大丈夫」って
自分が自分に言えなきゃ意味ないの。

でも例えば「学校が全てじゃない」ということを
周囲で一人だけが言っているのと
周囲の百人が言っているのでは
天と地ほども違うじゃない。

その一端



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